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トップ外交による普天間基地返還合意の現場

普天間基地返還と辺野古への移転を巡るゴタゴタは、民主党首脳部の外交センスのなさが原因だった。

「沖縄の基地負担の軽減」というだれもが反対しにくい大義名分を振りかざし自民党が敷いた外交路線の継続性を断絶。

政権を奪った後、二転三転させた挙句に「国外はもちろん、県外にも移転できませんでした」と辺野古移転を前提にアメリカとの交渉を行なっている。結局大騒ぎして議論は一巡し、橋本龍太郎元首相が作った路線を継承しただけ。その過程で多くの禍根を残してしまった。

そもそも、辺野古への移転はなぜ決断されたのか。
その理由を見失ってしまったから、こんな馬鹿げた日米の外交的、政治的リソースの浪費が行われてしまった。

そして沖縄を混乱に陥れ、普天間基地返還問題を大きくこじらせ、日米同盟の信頼関係に甚大なヒビを入れたという一点をもって、民主党の政権担当能力はないものと断じていいだろう。


外交の力 田中均 日本経済新聞出版社

P74より抜粋

一九九六年(平成8年)二月に橋下首相は就任後、初めて訪米し、二十三日にカリフォリニア州のサンタモニカでクリントン大統領と日米首脳会談に臨んだ。その少し前に当時の防衛庁防衛局長で、後に事務次官を務められた秋山昌廣さんと、北米局審議官の私が首相官邸に呼ばれた。
二人で官邸に行くと、橋下首相があの一種独特の物の言い方で、「沖縄の普天間返還を首脳会談で米側に求めるというのは、君たちどう思うか」と意見を求められた。


私は沖縄の負担軽減は何とかしなければならないという認識を持っていたが、それでも普天間基地の返還は到底可能ではないだろうと思った。官僚の役割は耳障りの悪いことでもきちんと述べることであると思い、次の趣旨を述べた。
「日本に米軍が駐留しているのは日本単独では作れない抑止力を作り出すためです。沖縄の基地負担の軽減だけを考えて、普天間基地の返還を求めるということは、抑止力を軽視しすぎているのではないでしょうか。しかも、海兵隊が駐屯して有事に備えている、最も象徴的な基地の返還を求める、という話を事前の準備なく首脳会談で唐突に首相が持ち出されるのは、やはり同盟関係の上で問題が大きいと思います」
すると、次の日にまた呼ばれて、橋本首相は「君たちの言うことはよく分かった。サンタモニカでは言わないことにした」と言われた。


ところが、実際にはサンタモニカの首脳会談で、橋本首相は普天間基地の問題をクリントン大統領に持ち出したのである。橋本さんは何をするべきかを熟考された結果、事務方の反対にかかわらず、総理の責任で述べるという決断をされたのだろう。


橋下総理は、物事をひねった言い方をされる方だった。サンタモニカの首脳会談でもストレートに「返還してほしい」と言ったわけではない。難しいとは思うけれど、沖縄の基地の整理統合という観点からすれば、普天間基地というのは極めて重要な地位を占めています、というような言い回しだったようである。返還を求めたようでもあり、返還が難しいということは分かっている、と言ったようでもあり、結果的にどちらでもとれるような言い方だったようだ。


私は、返還がうまく運ばなかった場合に「いや、あれは難しい、と言った」と説明する足がかりも残した上で、返還要求を口にされたのだと思う。一度は返還を投げ掛けてみる。しかし、問題の難しさも十分頭に入っているから、先方が無理だといった場合のリスクヘッジもしながら踏み込んでみせる。橋本さんの特色というか、そういう面のある宰相だった。
首脳会談の二日後にワシントンのウォーターゲート・ホテルで、日米安保実務非公式協議が行われた。国務次官補代理のカート・キャンベルや、国務次官補代理のハバード、駐日公使のラスト・デミングらと私はワーキング・ディナーを共にした。
その時、キャンベルが、「私は自家用車でサンタモニカまで行き、本来は入れないのだが、無理をして首脳会談に同席した。橋下首相は普天間基地についてこういうものの言い方をしたが、あれはどういう意味だ」ということを私に聞くのである。「あれは本当に普天間返還を求めるということなのか、それとも難しいなということを言われたのか」と。
私は一も二もなく「返還を求めるということだ」と即答した。「首相として、普天間返還を首脳会談で突然持ち出すことには躊躇があった。同盟国の大統領に対する一種のマナーの問題として、非常にためらっていた。しかし普天間返還は彼の心の叫びだ」と。
「では、真剣に検討しよう」ということになり、水面下で普天間返還を巡る協議が進んでいくことになったのである。国防長官のウィリアム・ペリーは沖縄に駐留していたことがあり、もともと技術者の出身なので、普天間基地が沖縄にとっていかに重要な意味を持つかはよく知っていた。そのペリーが国防総省に「研究しろ」と指示したのである。


キャンベルはよく、冗談半分に言ったものだ。
「俺とお前の死体がワシントンのダイダル池にいつ浮かんでも、不思議ではない。それほど深刻な案件なのだ」
毎回、誰かに見られているのではないかと注意しながら、何回となく協議した。東京、ワシントンだけでなく、サンフランシスコやハワイなど、場所を変えながらなるべく人目につかないところで水面下の交渉を続けたのである。
橋本首相には官邸や公邸で静かに何度も報告をした。首相は非常に真剣で何としてでも実現したいという強い気持ちを持っておられた。
橋本首相は事細かな報告を聞きながら、明確な指示をされる。
「機能の分散だけでなく普天間基地の全面返還を実現することが重要である」
一番決定的だった出来事は、沖縄県の上空から日米合同で視察に行ったことだった。
キャンベルとハバードは特に強い印象を受け、意識を固めていったようだ。


四月にクリントン大統領が訪日する前に、国防長官のペリーが先に日本に来ることになっていた。ペリー国防長官は米国側の普天間返還に至る政権内の合意形成を差配していたのである。そういう経緯もあって、クリントン訪日の前に、ペリーが来日し、普天間返還合意を発表しようということになっていた。
ところがペリー国防長官が訪日する前に、日本経済新聞にスクープされてしまった。記事が出た当日、私は確認を求められて、全面否定した。


しかし、情報を誰かれとなく漏らしてしまえば、外交目的が達成されない場合がしばしばある。普通の国家においては、たとえ同じ外務省の部内の人間であっても、直接の担当でもない相手に対して、機密事項を漏らしてしまうなどということはありえないことである。日本には厳密な秘密保護法は存在せず、部内でも情報の扱いがルーズな面がある。どうもやはり「みんなで渡れば恐くない」というところがあるように思う。形の上だけでも重要案件の相談にあずかっていないと文句を言う人が目立つのも同じような発想だ。私はそういう考え方は間違っていると思う。
しばらく経って官邸から、「ここまで騒ぎになった以上、もう、今日中に発表せざるを得ない」と言ってきた。ウォルター・モンデール駐日米大使に官邸に足を運んでもらい、橋本首相と共同で発表するという流れを設定し、NHKのテレビの夜七時のニュースの冒頭にぶつけよう、というシナリオを描いていた。
水面下の日米協議の最終局面では、モンデール大使に何度も官邸に出向いてもらい、橋本首相と普天間返還問題で話をしてもらっていた。この橋本・モンデール会談を通じ、首相官邸主導のトップダウンの交渉で返還が決まっていく形を作っていたのである。そういう意味では、橋本首相とモンデール大使との共同発表の形をとったのは自然の流れであった。



外交の力 田中均 日本経済新聞出版社




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